みなさん、はじめまして!
今月より「字幕の世界へようこそ!」を担当させていただく、映像字幕翻訳者のNonaといいます。普段私が見ている映像作品から、翻訳者の視点で「すばらしい!」と思った字幕を紹介していきます。英語や字幕翻訳を学習中の方に楽しく学んで頂けたら嬉しいです。
原文の意味を少し(ときには大胆に)意訳をしているけど、その状況に最もふさわしいセンスがキラッと光る字幕を、一緒に楽んでいきましょう。
記念すべき第1回で紹介するのは、私が大好きな海外ドラマ『フレンズ』より、訳者のセンスに脱帽せざるを得ない字幕です。
シーズン1のエピソード20「不誠実な婚約者(原題 The One With The Evil Orthodontist.)」より
メインキャラクターの一人であるチャンドラーが、気になる女性からの電話を待ち続けてます。彼は意中の女性と話したいがために、トイレすら我慢して電話を待っていました。そのとき、待望の電話がかかってきます。しかし彼女の電話にキャッチが入り、改めてかけ直すと言われました。チャンドラーは喜んで受け入れて電話を切り、「またかけ直すってさ♪」とリズミカルに歌いながら、体をくねらせピョンピョン跳びはねています。それを見ていた親友のモニカが「トイレに行きたかったんじゃないの?」と尋ねるシーンです。
さあ、ここでいよいよセンスが光る字幕の登場です。
まず、モニカの問いに対するチャンドラーの返答を原語で見てみましょう。
「That’s why I’m dancing.」
「だから踊ってるんだよ」と返しています。我慢の限界のときって、踊ってるみたいにモジモジしちゃいますよね。つまりチャンドラーは「踊って尿意をごまかしてるんだ」と答えたわけです。実際に、このセリフの直後にトイレにダッシュしています。
このチャンドラーというキャラクターは、フレンズのメインキャラクターのなかでも特にユーモラスな人物です。どんなときでもジョークを言って場を和ませるムードメーカーなので、字幕では彼の個性を生かしつつ原意を伝えなくてはなりません。
また、ご存じの方も多いかと思いますが、字幕翻訳には多くの制約があります。なかでも厄介……もとい重要なのが「字数制限」です。使用できる文字数は、1秒4文字までと定められています。例外となる場合もありますが、原則このルールに則り字幕翻訳者は訳出しているのです。
このシーンでは、早口なチャンドラーが実際に話している時間は0.93秒でした。なんと1秒もない!! つまり、実際に使用できる字数は4文字が限界ということです。
訳例を発表するまえに、みなさんならどんな字幕をつけるか、ぜひ考えてみてください。
たった4文字で、チャンドラーの魅力を生かしつつ、このシーンにあっていてクスっと笑える字幕です。難易度はかなり高いですね。
ためしに、やってみましょう。
「だから踊ってるんだよ」
はい、もっとも原文に近い訳文ですね。意味もわかりやすいです。しかし、文字数を大胆にオーバーしてしまっているので、これでは読みきるまえに字幕が消えてしまいます。
こんどはもっと短く。
「だからさ」
文字数はクリアですね。しかし、流れを考えてみてください。
モニカ「トイレに行きたいんでしょ?」
チャンドラー「だからさ」
問題点がわかるでしょうか?
一見すると意味が通じているようにも読めますが、「I’m dancing」をまるで無視した訳文になっていますね。これでは、だから何なの?となってしまいかねません。また、「だからさ…」と何かを言いかけているようにも読めてしまいます。それなのにチャンドラーは何も言わずトイレに行ってしまうので、「だからさ、の続きは?」と思ってしまう視聴者がいるかもしれません。字幕として不完全なわけですね。
では、こんなのはどうでしょうか?
「もう限界」
原文からは離れてしまいますが、トイレを限界まで我慢していること、そのせいでおかしなダンスを踊っているという状況説明も、少しはカバーできているでしょうか……?
うーむ。ギリギリ及第点といったところでしょうか。
さあ、いよいよ実際の字幕を見てみましょう。
「我慢の舞」
はじめてこの字幕を見たとき、思わず「天才!」と声がでました。これ以上、状況にピッタリでユーモアたっぷりの字幕は存在しないのではないでしょうか。
原文の「I’m dancing」を「舞」という一文字で表し、「that’s why」という説明的な言葉も「我慢の」とすっきり訳出しているわけです。これはもう、匠の技と呼ぶべき領域です。
みなさんは、このシーンにどんな字幕をつけましたか?
「我慢の舞」を超える超名字幕が爆誕していたりして……。
ほかにどんな訳し方ができるかを考えてみるのは楽しいですし、勉強になりますよ。
ぜひ、挑戦してみてくださいね!
『フレンズ』には、ほかにもすばらしい字幕がたくさんあるのですが、今回はひとつだけ。
英語学習にもおすすめのドラマですので、チェックしてみてください。
それでは、また来月のトピックをお楽しみに!!
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